新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。
旧年中はいろいろな方々にお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします♪

と! ありきたりな新年のご挨拶をして見ましたが(笑)

ちょっとしたニュースがございます。

2017年1月1日をもちまして、ゆきみ企画の正式名称を
ポストプロダクションゆきみ企画」から

「ゆきみ企画クリエイティヴ」に社名変更いたしました。

と、申しましてもこれまで通り通称「ゆきみ企画」のままで呼んでいただいてかまいませんし、自分もそのつもりでいます。

じゃぁ、何でわざわざ「ゆきみ企画クリエイティヴ」に社名変更したんだよ!って事でございますが、いや、酒に酔った勢いで・・・(爆♪)

まぁ、それは半分その通りで、半分は「覚悟」と税金対策のためです。
いずれゆきみ企画は法人成りして「合同会社 ゆきみ企画」となる予定でやっているので、その覚悟を新たに今年はやって行こうかなと。(^◇^)

えっ? なんですか?

株式会社ではなく、なんで合同会社を目指すかって?
あのね、日本アップルも西友も、Amazonも合同会社であって、株式会社ではありません。
知ってた? そうなんですよ、今のトレンドは株式会社では無く合同会社がトレンドなんです。ってか、別に法人にこだわっている訳ではなく、方向性としてね。

会社を作るのが目的では無いので、ど~でもいい事なのです。法人とかは。
自分が儲かっていれば個人経営のままでも気にしてない。(笑)

要はね、伊達や酔狂、遊びや趣味で「ゆきみ企画」をやっている訳ではないので、仕事として気合い入れて今年はやって行こうかと自分自身に「喝!」を入れる意味で社名変更「ゆきみ企画クリエイティヴ」にした。しようと思った。

あ、酒の勢いも半分あると言っていた事を忘れずにいて下さい(爆♪)

さて、そこまで言ったので二杯目の焼酎をあおりながら・・・

すべての仕事は商品である!

私の持論として「すべての仕事は商品である!」と言う考えがあります。
そう、物販だけではなく、サービスについても私は「商品である!」と考えております。ほら、保険商品とか、金融商品とかと言うのを聞いたことはありませんか? あれって現実的に「物」ではありませんよね。

サービスですよ。形の無い無形なサービス。

サービスでありながら、何ゆえ「商品」と呼ぶのか?
答えは簡単、「定価」があるのです。そうです定価です。

良く「サービス」と言う産業では、それをするのになん日かかったとか、何時間かかった。だからこのサービスは、いくらですと言う請求書をお客様に提出するわけですが、これって何かおかしくないですか? 何日かかったとか、何時間かかったとか、それはお客様にはまったく関係ない事です。売り手側の身勝手な理屈じゃないでしょうか?

もっと言うと、それをするのに何日かかろうが、何時間かかろうが、人件費や仕入にいくらかかったからいくらですと言って、請求書をお客さんに提出すると、同じ仕事をしても価格に違いが出でしまい、お客さんとすれば、あらかじめ「見積書」を書いてもらわなければ、よその業者さんとの比較ができない。その金額が妥当なのか、その仕事のクオリティーがどうなのか、比較検討ができない訳なんです。

一方、そう言う事を言うと、業者さんは必ず言うのです。
「相場はこれくらいだから、この金額なら相当安いと思いますがね?」と。

「相場」って? 相場なんて業者さんが都合が良いように勝手に言うものです。金銭的な事を「相場」と言うならば、品質的な事「クオリティー」という面ではどうなんでしょう? 相場と言う金銭的な事で比較できたとしても、出来ばえ的なクオリティー的な面でも同じと言えるんでしょうかね? もし金額は業界的に「相場」だとしても、そのクオリティーに見合っていなければ、それは「相場」に見合った価格と言えるのでしょうか?

私が言っている「すべての仕事には商品である!」と言う考え方は、そこに端を発している訳です。つまり、その仕事、サービスが商品であるならば、必ず「定価」と言うものがあるはずです。「定価」と言うものがあるならば、金銭的な「相場」と、品質的な「クオリティー」の両方を加味して、価格の決定がされる訳です。

このクオリティーでこの相場=定価

これならお客さんも自分の状況に合わせて定価を基に比較検討する事ができるので、あいまいな何時間かかったからいくらとか、人件費や仕入れがこれだけかかったからいくらのような、不確定要素を排除してそれが本当に適正中か価格なのだろうかと考える事ができるわけです。

住宅のリフォーム工事などが良い例で、トイレやお風呂のリフォーム工事をしようと色々な業者さんに見積りをしてもらうと良く分かるのですが、A社ではお風呂場をユニットバスにする工事を見積もってもらうと、100万だと言い、B社に見積もってもらうと200万だと言います。自分ちの風呂場は一つなので、やってもらう工事は一個ですよね? 同じ工事じゃないですか、それなのになんでこんなにも見積金額がちがうんですか?

A社の言い分は、この工事をするのに人件費が延べ10人分必要なのでこれくらいはかかると言う。B社では仕入がこれだけかかるのでこの価格だと言う。

いや、あのね、工事してもらう風呂場は一個で同じものなんですよ。それなのに価格に開きがあるのってヘンじゃないですか? もしこれが、お風呂場をシステムバスにリフォームする場合の定価が150万円ですと言うのであれば、お客さんも「相場」とか「クオリティー」とかの事で悩まなくて済むし、業者の選定も簡潔にシンプルに決まるんじゃないですか?

「人件費」とか「仕入」とか? そんなのお客さんには関係ない話では無いですか?

最近は良く「同一労働、同一賃金」と言う方向に議論が進んでいます。バスの運転手と言う職業なら月給30万円、どこの会社へ行っても多少の幅はあるかもしれないけどその金額。風呂場をユニットバスに変える工事はどこの会社に依頼しても120万円とかね。そう言う定価のようなものがあれば、お客さんは無駄に悩む事もなく、世の中がシンプルになる。

つまり、これをやったらいくらと言う事をしなくてはならない。

同じ商品なのに、作るのに延べ10人の人件費がかかったからこの商品は150万円ですとか、現在の世の中では通用しない考え方のです。同じ商品なら、同じ価格でなければヘンな訳です。つまり、同じ事をするのであれば、業者と言うのは人件費がどれくらいかかろうと、仕入がどれだけかかろうと、それは業者の工夫と経営努力によって、同じ価格にするべき理由であって、お客さんには一切関係無い理屈なのです。

あえて言うならクオリティーの違い「技術料」と言う見積書の項目で多少の差異が生じると言う程度の事だと思います。

このあたりの事で多くの消費者は「だまされている」と言っていい。

まとめ

適正価格と言うのは「定価」があるモノに対して比較検討されるものであって、業者さんの内部事情により上下する、定められるものではない。相場と言うのは業者さんにとっての都合に合わせた論理であり、お客さんには何の関係もない。「同一労働は同一賃金」であり、たとえサービスの類でも、すべてを包括的に商品とみなして「定価」に基づく価格を決めるべし。よって「すべての仕事には定価を持って判断基準とすべきである。」

う~ん・・・ リフォーム屋に相当恨みでもあるかの如き記事になってしまった(笑)
しかしこれは私の持論であり、間違っているとは思わない。

以上です。

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2017-01-01 | Posted in 知識No Comments » 

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